叶わぬ非望

PSYCHO-PASS Sinners of the System』Case.3「恩讐の彼方に__」

 敵討ちのため、戦う術を狡噛に付いて学ぶテンジンは、父の遺品の中から見つけていた日本語の本の読み方も同時に教わることになる。その本が『恩讐の彼方に』(菊池寛)だった。

 短編ながらも、慣れない日本語。一文読み、二文読んでは、難しいところを狡噛に尋ね、何日も掛けてゆっくりゆっくり読み進めていく。そうしながらテンジンは、この本を父が遺したことの意味を考える。読み解きがたい本を読む、まさにそのスピードで。

 ある夜、テンジンはこのことについて狡噛に問うてみる。狡噛は言う。偶然のようにみえることでも、そこに意味があると感じられるなら、それは運命と呼んでもいいのではないか。

 ふとしたことでテンジンは、ついに家族の敵を見つけ出す。忍び持っていた銃を仇敵に向けて構えるテンジン。その胸中には、これまで抱えてきたさまざまの思いがよぎる。憎い憎い家族の敵を、これでやっと討てるんだ。そう思ったとき、敵討ちの最大の好機に、しかし一片の迷いが生じる。父の遺した『恩讐の彼方に』が、その意味の謎が、テンジンをためらわせる。

 お父さん、どうして。

 とうとう引き金を引けなかったテンジン。遺品の謎は、明かされないことで、娘を復讐者にしない役割を果たした。けれど、テンジンの問いはこれからも終わらないだろう。

 死者に対してできるのは、問いかけ続けることだけだ。

モンストル・シャルマン

『メアリーの総て』

 パーシーはメアリーのお腹の子を女の子だと決め込んでいたが(そして実際そうだったが)、『フランケンシュタイン』執筆中のメアリーは、自分が生み出しつつあるものが何であるのか、はっきりとは分かっていなかっただろう。生み出すことで初めて分かった。書いて、書いて、「THE END」までを書ききって、初めて分かった。そんなように思える。

 そうして、読む側もまた、『フランケンシュタイン』を通して、自身の内にあって言い当てられないものの形を、初めて知る。『フランケンシュタイン』を読むとき、我々はみな、クレアのようだろう。あるいはゴドウィン氏のようで。

夜歩く

ラブライブ!サンシャイン!!(TVアニメ2期)』#8「HAKODATE」

 夜おそく、理亞の家を一人訪ねるルビィ。話があるからといってルビィは理亞を外へ連れ出す。

 慣れないはずの函館の街を、先導して歩くルビィ。理亞は行き先が分からない。理亞には見えない行き先を、その道を踏み固めるように、ルビィの歩調に迷いはなく、やがてルビィは理亞の手を取り走り出す。

 そうして立ち止まった先で二人が、一緒に見つける、クリスマスツリーの光また光。

 *

 シーン冒頭。はじめ横からのアングルで理亞一人を捉え、次にルビィ一人のカットが続き、前方からのアングルに切り替わって二人の位置関係が明らかになる、その瞬間の軽い驚きのために、このシーンは早くも特別なものと映ずる。

 それから。イルミネーションのことを、ルビィはチラシで知ってはいたけれど、先んじて実物を下見していたわけでなく、ために、理亞と同じく出し抜けに、ツリーを見つけることとなる。このとき、当初の位置関係は消失する。いつの間にかツリーの前に立ったとき、二人は肩を並べている。

 *

 そして、プロポーズ。

「歌いませんか、一緒に曲を」

「魔法が使えない子は、あんがい魔法が必要ない子なのかもしれないよ」

『映画しまじろう まほうのしまのだいぼうけん』

 ここ一番の大事なときに、しまじろうを応援するのにステッキの力を使わないのは、おなじ小道具を用いるにしても、プリキュア映画とは一線を画するところだ。ステッキを媒介して目に見える力に変換しなくとも、案ずるなかれ、応援は届く。

 それに、森の魔女が言うように、魔法の助けがなくてもしまじろうは、その内にすでに力を持ってる。

「魔法が使えない子は、あんがい魔法が必要ない子なのかもしれないよ」

「ユメノトビラ、ずっと探し続けていた……」

ラブライブ!サンシャイン!!』#2「転校生をつかまえろ!」

 高海千歌桜内梨子に、今の「ユメノトビラ」だよね、梨子ちゃん歌ってたよねと畳み掛け、答えに窮する梨子を待たず、「ユメノトビラ、ずっと探し続けていた……」と「ユメノトビラ」の詞を言うときは好きだ。

 詞を正確に言うなら「ずっと探し続けた」だろうが、詞を正確に言うことがここで千歌のしたかったことでは無論ない。生徒会長の出題するねちっこいμ'sクイズに回答しているのではないのだから。千歌の気分があのように湧き出してきたのであるかぎり、千歌の言ったことがそのまま正しい。