「御用の方はベルを押すですよ」

樺薫坂口安吾原作『藤井寺さんと平野くん 熱海のこと』(ガガガ文庫

 僕らの安吾作品の跳訳が出てたなんて知らなくって、知ったら買うしかなかったものだから、買って読んで今に至っています。
「野球注釈者」という役割を自ら引き受け、同名のサイトを運営している藤井寺さん。それと照応するように本作は『投手ピッチャー殺人事件』に加えられたひとつの注釈といってよいかもしれない。登場人物はそれぞれの推理を披露し、事件の解釈の可能性を広げていくが、どうしたって50年前の事件には届かないのであって、どんな事件も推理は自由だけどただ自由なだけなのである。野球注釈も然り。それでも、その可能性が事件には届かなくとも、事実には届かなくても、誰かの心に届いて、何かが変わるとしたら良いよねって、そんなちょっぴりリリカル風味な作品でもある。