「過去が幻なら いまも幻かも しれない」

川原由美子『ななめの音楽』(全2巻/眠れぬ夜の奇妙な話コミックス)

 とにかく気づくのは、独特なコマ割りと、全編にわたる静かさだ。
 擬音の描写が無いことに加え、句読点や「!」「?」「…」「―」などの記号が全く使われていないために、全体に静謐さというか、音調の取らせなさといったものが生まれて、「ななめの音楽」という不思議なタイトルへの期待が、不穏なまま焦らされていく。読中、そんな感じを持たせられる。全てのページが黒縁に横長の同一長方形4段(4コマ)という独特なコマ割りも、調子を与えないための手法だろうと、まずは思える。
 好きな人に追いつこうと前へ進みはじめたこゆる。最終ページ、こゆるが振り返りこちらへと向ける、意志に満ちた目に否応なく出会わされたとき、しかしこのコマ割りと静かさの、更なる意味に思い至らしめられる。すなわち、われわれ読者は、向こうを覗き見ている、その間じゅう、同じ場所にいる! 外形的に顕著な上記の特徴は、一切でもって、そのことを強く意識するようわれわれに迫る。
 あなたはいつまで、そこにいるの? こゆるの目はそう問うようだ。