「自分は自分を鼓舞した」

武者小路実篤『お目出たき人』(新潮文庫

 4度目くらい。これが書かれて100年近いというのに、この古びなさはどうだ! 全ての勇士に読んでほしい1冊。実際これを読むと空勇気が湧いてくる。空でもなんでも、湧きさえすれば内実は後からついてくるってもので、とにかく自分を奮い立たせたいときに取り出しては読んでます。
 新潮文庫の実篤作品をどれでも手にとって、カバーの裏表紙にあるあらすじを見てもらいたい。普通こういうところに書かれるあらすじは、起承転結の承あたりまでに触れて読者の興味を惹こうとするものだけど、どういう意向か、実篤作品の場合は結まで全て明かされる。例えば『お目出たき人』のあらすじは以下のように紹介されている。

自分は女に、餓えている。この餓えを自分は、ある美しい娘が十二分に癒してくれるものと、信じて疑わない。実はいまだに口をきいたことすらなく、この一年近くは姿を目にしてもいない、いや、だからこそますます理想の女に近づいてゆく、あの娘が……。あまりに熱烈で一方的な片恋。その当然すぎる破局までを、豊かな「失恋能力」の持ち主・武者小路実篤が、底抜けの率直さで描く。

 ネタバレもいいところだ。そして実際この通りで、これ以上のことは何もないと言ってもいいくらいなのに、本文を読めば面白いのは、「底抜けの率直さ」の成せる業なのである。『武者小路実篤詩集』の解説だかで、亀井勝一郎が「稚拙美」という言葉を使っていて印象的だった、まさにそんな言葉が当てはまる文体。「アホちゃうか」「どないやねん」とツッコミを入れずにはおれない。そういう種類の面白さがある。
 面白がってばかりいると、不意打ち気味にその率直さ、稚拙さにハッとさせられることも、ごくまれにある。