星をちりばめたマント

ローザ・ルクセンブルク;大島かおり編訳『獄中からの手紙 ゾフィー・リープクネヒトへ』(みすず書房

 昨夜、九時ごろのこと、また一つすばらしい光景を見ましたよ。ソファーに座っていると、窓ガラスにバラ色の反射光がきらめいているのに気がつきました、空はすっかり灰色だったので、びっくりして窓に駆けよると、そのまま魂を奪われたように立ちすくんでしまいました。一面どこも灰色の空の東のほうに、この世ならぬ美しさのバラ色をした大きな雲が、塔のように聳え立っているではありませんか。ただひとり、あらゆるものから自分を解き放ってきらめいているその姿は、まるでほほえみのように、人知れぬ彼方からの挨拶のように思えました。わたしは解放感に満たされて深く息を吸うと、思わず両手をその魔法の姿のほうへ差し伸べました。このような色、このような形姿があるからには、人生は美しい、生きる価値がある。ね、そうでしょう? わたしはそのかがやく姿に吸い付くように視線を据えて、バラ色の光のひと筋ひと筋を体内に取りこみましたが、そのうち不意にそんな自分がおかしくて笑い出さずにはいられなくなりました。だってそうでしょ、空も雲も、人生の美しさも、ヴロンケにじっと留まっているわけじゃない、それらに別れを告げる必要はない。どれもわたしといっしょに来るのです、わたしがどこにいようと、生きているかぎり、わたしといっしょにいてくれるのです。

(pp.93-94、ヴロンケ 一九一七年七月二〇日)

 ヴロンケからブレスラウへの移転を前にしたローザは、手紙にこのように書く。美しいもの、かがやかしいものがあらわれるとき、それはいつもここに、自らへ向けてあらわれるのだという気づき。

 そうして移転した先のブレスラウでもローザは、不自由な中にも、遠くに見える木々や鳥の声に自然の息づかいを求める。さらには、そのようなものがなくてさえも、陰鬱さをもたらしそうなものからさえも、生命の歌を聞き取る。

 昨日は長いこと目を覚ましたままベッドに横になっていました――いまでは一時まえにはどうしても寝つかれないのですが、十時にはもう就寝と決められているので、闇のなかでさまざまな夢想にふけります。昨夜はこんなことを考えました。わたしが――特別な理由もないのに――いつも歓ばしい陶酔のうちに生きているのは、なんと奇妙なことだろう。たとえばここの暗い監房で石のように固いマットレスに横たわり、周囲は教会墓地なみの静けさに満たされていて、自分も墓のなかにいるような気がしてくる。窓からは、獄舎のまえに夜どおし灯る街灯が毛布の上に反射光を落としている。ときおり聞こえてくるのは、遠くを通りすぎてゆく鉄道列車のごく鈍いひびき、あるいはすぐ近く、窓の下で歩哨が咳払いし、こわばった脚をほぐすために何歩かゆっくりと重い長靴で歩く音だけ。踏まれた砂が絶望のきしみ声をあげ、その音は出口なき囚われの身の全寂寥感をひびかせて、湿った暗い夜へと吸い込まれていく。そこにわたしはひとり静かに、闇、退屈、冬の不自由さというこの幾重もの黒い布にぐるぐる巻きにされて横たわっている――それなのにわたしの心臓は、燦々たる陽光をあびて花咲く野辺を行くときのように、とらえがたい未知の内なる歓喜に高鳴っている。そしてわたしは人生に向かってほほえむ。まるでなにか魔法の秘技を心得ていて、悪いこと悲しいことはぜんぶ嘘だと罰して、純粋な明るさと幸福に変えてしまえるかのように。そうしながらも自分でこの歓びの原因を探ってはみるけれど、何ひとつみつからず、またしても――われとわが身が可笑しくて――ほほえんでしまう。わたしの思うに、魔法の秘技とは生きることそれ自体にほかなりません。深い夜の闇も、しっかり眺めさえすれば、びろうどのように美しくて柔らかです。歩哨のゆっくりとした重い歩みにきしむ湿った砂の音も、正しく聴きさえすれば、やはりささやかな美しい生命の歌なのです。そのような瞬間に、わたしはあなたを思い、この魔法の鍵をわけてあげたくてたまらなくなります。それがあれば、あなたはどんな境遇にあっても、いつも人生の美しいところ、歓ばしいところに気づくでしょうし、彩り豊かな草原を行くように陶然として生きることでしょう。なにも禁欲主義だの空想上だけの歓びを説いて、あなたをたぶらかそうというのじゃありませんよ。わたしが五感でほんとうに感じとっている歓びのすべてを、あなたに伝えているのです。それに加えて、わたしの内面の涸れることのない明るさをわけてあげたい。そうすれば、あなたは星をちりばめたマントに身を包んで人生を歩んでゆく、そのマントがあなたをあらゆる卑小なこと、些細なこと、不安にさせることから守ってくれると思えて、わたしは安心していられます。

(pp.132-134、[ブレスラウ 一九一七年一二月二四日以前])

  釈放されたあとのローザは、活動に奔走し、わずか二ヶ月後には殺害されることとなる。

 監獄の中ではわがものとしていた魔法の秘技は、そのとき、その最後の日々にも、まだそこにあっただろうか。ローザはほほえむことがあっただろうか。

 ローザ自身がきらめきと化してしまったような日々に。